いつも相談させて頂いてるRude です(>.<)y-~
『俺もそんなに良い状態じゃないんだ…』
って、撃沈声で私に言っていました。
『俺、なんか頭おかしいんだー。でも、そうゆー
精神科とかって、大っ嫌いだし、Rude やうちの母親み
みたいなアイツらキチガイと、一緒にされ
たくない』
って、私の従業員に今度は明るく言っていました。
かなり、ショックでしたが、こう言った発言は、うっすら自覚あるものの、
認めたくない、恐怖心、などからくるものだと思われますか?
前に、りささんが一年間、操状態になったと教えてくれましたね。その後、やはりひどく激うつになられましたか? すごく辛かったでしょうね…
それはどんな感じで、うつに変わっていく感じや、どのくらい続いたか、参考に教えて下さい★
…実はそろそろしたら一年たつ旦那がいつも、私にメールで金はださないだの、テナントの解約すする!だの、月1猛攻撃がはじまるんですが、指導うけ
はじめて、無視してみました。でもバンバンくると覚悟していましたが、パッタリ(・・;)静かなんです。
もし、うつ期がきた場合、どんな言葉や態度で相手にをかけられたら
受診する気になれますか?(>_<)
Rudeさん、
私は専門家ではありませんが(^^;)家族の方には落ち込んだ声で具合の悪さを率直に訴え、外の人には完璧に素直になれず、「自分は正常だ」という建前を作るのは、私も経験があることです。
それでも旦那さんは「自分が頭がおかしい」と、精神状態が不安定なことを家族以外の方にもある一定認めてるわけですから、しっかりと自覚をもって受診するまでには達していなくても、「病気じゃない」と完璧に否定することはできないところまで、認知が高まっているのではないでしょうか。
なんで、発言の中で、Rudeさんなどを偏見的な言葉で表現して、自分との間に境界線を作るかについては、私としてはあまり無責任に、深く言及はできません(><)
でも、Rudeさんがおっしゃるように、うっすら認めてはいるものの、障害者というレッテルを認めるのは「恐ろしい」から、実際診断されている方々に強い表現を使って、自分との間に距離を置こうとしているのかもしれません。実際のところは、やはり専門家に同じ質問をされて、相談されるのが一番だと思いますよ(・・うんうん)
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★質問させて下さい2★ へのレスです↓
Rudeさん、
私が躁に一年なったあとのうつも、ほぼ一年続きました。とても、とてもつらかったです(^^;)
私の場合は失恋というきっかけがあって、どっかんと短い期間で落ちたので、もしも旦那さんが、きっかけがあるわけではなく、自然な波の流れでうつ期に入っていっているのであれば、私と状況が違うかもしれません。
その頃は私もRudeさんの旦那さんと同様、まだ躁うつ病と診断されていなかったのですが、それでも一番基本的な特徴は躁の時に言ったこと、やったことを後悔することです。
そして、その後悔により自分のことについてひどく否定的になり、今後に不安を感じ、ひどく絶望と混乱していました。
躁の時も、自分は「おかしい」という自覚があったのですが、そのおかしさは「個性だ」「自分は特別なんだ」と肯定的に見ていました。しかしうつになるとそのおかしさをすべて否定的に捉えて、「自分は頭がおかしい上、前と違って今は生気も能力も何もない。今まで何てひどいことをしてきたんだ、今後はどうすればいいんだ。もう終わりだ。」と後悔と混乱と絶望に駆られます。
繰り返しになりますが、私の場合はうつになるきっかけがあって、一日という期間の中で激躁から激うつに落っこちたので、徐々に落ちる人は心境の変化が私ほど極端じゃないかもしれません。
うつの当事者に接する場合、ご家族の方にお願いしたいのは、何かの要求やアドバイスを一方的に、すぐに押し付けるのではなく、まず当事者がおかれている心境や状況を辛抱強く聞いて、理解しようと、受け止めようと努力していただくことだと思います。
しかし付け足したいのが、ご家族も当事者と同様、体が疲れたり、心に負担がかかったりするので(当たり前ですが笑)ご家族も決して無理がない会話をしていただくことです。
さて、この場合はRudeさんが旦那さんの「躁うつ病の症状」を理解する以前に「自分は躁うつ病と認めたくない。病院に行けば、そう診断されてしまうのが怖い。」という気持ちをまず理解して受け止めるというのが課題になっているのだと想像します。
受け止めるということは、「じゃあ、受診しなくていいよ」と同意するわけではなく、「そうだよね、受診するなんて怖い決断で、つらいよね」と、まず気もちに共鳴して、その気持ちの存在をただ受け止めるということです。
「受診すべき」というアドバイスがいくら理屈が通っていても、ただ一方的に投げかけられると、当事者としては、自分の強い不安やジレンマを理解されていないと、どうしても聞き入れる気もちになれないと思います。まずしっかりと当事者の声を聞いた上だと「受診する方がいい」と同じ内容のアドバイスでも、当事者が聞き入れやすいかもしれません。
例えば「すごくつらい」と当事者が言ったら、
「つらいんだったら、病院行かなきゃダメだよ」とすぐ言うのではなく、
「どうゆう風につらいの」と返事して、その内容をちゃんと聞いて「それをずっと一人で抱えていたのは本当につらかったね」と言う、など。
すぐに病院に行けなどの要求をせず、ただ当事者の気持ちを受け止めるような相槌をしながら話を聞く方がいいかもしれません。
そして、当事者中心で話を進めるにつれ、「自分一人では抱えらきれない、つらい状況なんだ」というのを旦那さん自ら自覚できれば、自然な形で外の助け(医者)を求めるのが良いと言う結論に達せられる・・・それができればと思うのですが(^^;)
またかなり長くなってしまいました。くどいですが私は口が達者でえらそうにいろいろ語ってしまうくせがありますが、決して専門家ではないのであまり厳密に参考にしないでください(^^;)
Rudeさんは旦那さんを思って、悩んで考えてがんばっていられて・・・お二人の苦労が報われればとただただ願っています。
では、では(・v・)
‐りさ
大変申し訳ありません。自分の記事を修正しようとしていたら、誤ってRudeさんの親記事を削除してしまいました。
幸い削除される前の相談掲示板のページが残っていたので、そこからRudeさんと私とのやりとりをコピペして、できる限り復元しました。しかし、投稿日・時間と記事No.を本来のものに戻すのだけは、まだ時間がかかるので、大変申し訳ありませんがもう少々お待ちいただければと思います。
暗証キーを使われていた場合は、お手数ですが編集や削除を行う場合は私に連絡していただければと思います、私の方でやりますので、よろしくお願いします。
大変失礼なミスをしてしまいました。繰り返し申し訳ありません。
‐管理人 りさ
Rude です。
旦那は私を嫌いになったわけではない、俺お前に優しくできないだろ?もう優しくできないんだ。繰り返すだけだ。嫌いじゃない、愛がなくなったんだと思う。=イコール → 離婚するしかない。
と、頭で考えてしまっています(T-T)入院や治療したら、このような考え方が病により起き、認知の歪みだと気付くものですか?同じようなケースを体験した方いますか。
そして、このような考えは変わらないものでしょうか(>_<)(>_<)(>_<)(T_T)
認知のゆがみというのは、つまり、精神が不安定で優しくできないのを、愛情の問題として捉えてしまう、ということでしょうか。
自分が病気であると自覚し、認めた時点からの色々な改善点は必ずあると思います。とくに、認知のゆがみに関しては、だと思います。
躁鬱病者は二手に分かれる気がします
診断されることにより、
1.外部から何かに襲われた、これは病気であり自分じゃない、と捉える人と
2.自分の心の内が今まで分からなかったのが、ついに解明された、躁うつ病は自分の一部だ、と思う人。
・・・どっちのタイプの人でも病気の症状に苦しむのは変わりないので、どちらがいい悪いという問題ではありませんが。
私は後者だったので、自分の病気をかなり早くから受け入れました。だから、認知的にも、常に躁うつ病を意識していたので、比較的困難はなかった気がします。
どなたか他に、病気を受け入れるのがとても難しかったという方いませんかね。そして、治療を受け入れたら、「認知のゆがみ」が改善された方。
これは去年の10月のミニオフの話題に「病識について」というのがあったので、一応Rudeさんにとって有益かもしれない部分を切り取って載せておきます。
色々な参加者の意見です。前に躁鬱仲間の掲示板にアップしていた内容です。
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★病識について
「自分が躁うつ病だ」と自覚をもてたのはいつ、どうゆう時、どうゆうサインで
1.うつと診断された方の場合:「言われているうつと違ううつ」
2.過眠、過食
3.いらいら
4.気分安定剤が抗うつ剤より効果的の時
5.抗うつ剤で躁転してしまった時
6.気分のチャートなどを作って、躁とうつの波を自覚する
7.とにかく気分、他睡眠などの(眠れる、眠りすぎる)の波がある
8.いずれにせよ病院に行かれて、診断について慎重に相談されるべき
9.躁のあとのうつは、うつ病のうつと違い「躁にやった時のことを思い出して後悔する」
10.とにかく波を繰り返すので、時間の経過とともにの自覚する
11.いつもの自分より病的に「できない」「できすぎる」
12.活動量が通常より偏っている
13.病気と診断されて「自分のせいじゃないんだ」と安心する面がある
14.生活リズムが乱れ
15.ただの疲労だったら、休むことは平気に思うが、うつだと自分を責める。ストレス発散になるほかの活動も逆にストレスになる
16.躁うつ病でも必ず最初はうつと診断されることが多い
17.最近「うつ」が流行しているという面があり、うつ状態は短期的で安定するようだが、
自分が躁うつ病と自覚したのが、自分は慢性病であり、とにかく治らないと悟った時
18.自覚できたのは入院した時
その前は自覚したなくて薬を飲みたくなかった
19.ある意味自分で受け入れたくないという面があり
「痛い目にあって気づかざるをない」という面がある
20.躁時の産物(買ったものの山など)をうつの時に冷静に目の当りにした時
21.病名にこだわる前に今の自分の症状の把握と改善に努める
あるいは病気とは最悪の場合と考えて、まず病気ではなく、短期間で治る可能性を考え・見出していく
その後それが効かなければ長期的な病として考えてみる
偉そうに認知の歪み、なんて発言してすみません。
私自身、うつ状態で認知の歪みがあるのですから偉そうに
言えません。でも(^-^)りささんのお考えは、私の言いたかった事と
当たってます(^-^)/すごいですね!
また、りささんのお考えやミニオフ会の資料、大変参考になりました
りささんの様に、ご自身が病を受け入れて、同病の方を
、そしてご自身をここまで客観的に見る事が出来て、理解
する事が出来るなんて、素晴らしいですし、いったいどこが
躁鬱病なんだかわからない(^-^)/ってくらい、安定してらして
希望を感じ、感動してます!!
やれる事はやりたい!何か方法はあるはず!
母を連れ、区の医療相談へ行ってきました!
やはり、操状態はムリ!うつになるのを待つ!
という結果でしたが、行った事で知識も増えて
助ける方法はあるはず!と思う事だけでもできました。
今は、弁護士がこれから旦那に
あなたは今、妻にこんだけの事をやらかしてます!
金額にするとつまり、〇〇〇万になります。
みたいな書類を作り、相手実家に送るので
内容を彼父がもし、みてくれたら、状況も通じると願い、
出す事にしました。
どうなるか、わかりませんがまた、ぜひ相談させて下さい!
いつも本当にありがとうございます(>_<)(>_<)(>_<)
家族の会にも私と同じ悩み事を抱えた方がたくさんいらして、
そちらでも、同じ事を相談して
ひとりで抱えないようにしてみようと思います。(>_<)
教えて下さってありがとうございます!
私は躁病に詳しくありませんが、たぶんずっと躁状態が続くということはないと思います。躁うつ病者の躁が必ずうつに落ちるように、躁状態はフラット(安定状態)に戻って、そしてまた躁状態になるという波(?)を繰り返すんだと思います。
私も一番ひどい躁は一年続きました。専門家ではないので、あまり無責任なことは言えませんが、脳内物質がそんな永遠と極度に放出され続けているというのはあり得ないんじゃないかなぁ、と思います。どんなに深い井戸でもいつかは底をつきる、みたいな(比喩まちがっているかも^^;)
私は躁のありまったエネルギーと万能感にあこがれを抱いてしました。だから、いつも躁でいられる、躁病なんて、スーパーマンになったみたいで、いいなーと今ままで思っていましたが、Rudeさんのお話しを聞いて、まったくの見当違いだということが分かりました。やはり深刻な病気です。
でも躁にまったく本質的な魅力がないというわけでもないと思います。混乱して暴走する面がありながら、感性が鋭くなって色々な意識が高まる時もあります。Rudeさんの旦那さんが躁病と診断されても、すべてネガティブに捉えないよう、病気の良い面を引き出す治療ができればな、と願っています。
Rudeさんのストレスと苦しみ、私の想像以上です(><)でもつらい分、それほど旦那さんを思いやっているということでもあって、Rudeさんを尊敬しちゃいます(^^)
認知療法ですか、私も昔やってたんですが、三日坊主で続きませんでした(^^;)私は、水島広子さんの対人関係療法にも興味があります。
家族の会、拝見したんですね(^^)体験や気持ちを共有できる人と出会って、やりとりができて、ほんと何よりです。
これからも一人で抱え込むのではなく、できるだけ、「みんな」でがんばっていければと思います(^^b)ではでは。
‐りさ
りささん、お返事ありがとうございました。りささんの心を感じて、旦那の心を感じました。
なんという切ない病なのでしょうかね(ToT)!!!
旦那は治療して!と前に電話で言ってみた時、『やだ!現実をつきつけ
られるだけだから!行かない!』
と言っていました。半年たちます。
まだ、治療していません。
私がうつ状態になってしまった事で
旦那の両親は
旦那から
『あいつがキチガイだから』(-_-;)と
聞いており、息子を信じているため、
私が言う事は信じてもらえなくさせられています。
両親とは30分くらいしか会わないようで、親も気付いてません。
どうやって、治療に、入院につなげればよいのか、半年悩んでます。
旦那親が信じてくれなければ、
話になないのに………。
皆さんは、始め、どう一歩を踏んだのか、教えてください。
また、旦那の母が同時に操うつ病を発症しました。今は、末期ガンも
併発し、入院。妄想幻覚もみえていて、
旦那父が、借金まみれになってから
母と旦那が、同じ時におかしくなり始めました。
今、旦那の父はイッパイイッパイで
もう、息子まで同病だと受け入れられる
冷静さは、ない状況なんです(T_T)
一見元気に仕事してる息子がまさか
。相手(私)が妄想幻覚みえて狂ってんだろ?
って、なってしまっています。
旦那がそう、説明しているようです。
治療って、私を愛してた思いは
元に戻るものですか?
ちなみに
前にドラッグが同病で虐待など
同じ事が起きると、精神科の先生から聞いて、私たちはドラッグではないけれど、
リアーナが元恋人クリスブラウンが
起こしたDVじけん(>_<)を元に作られたPVがあり、
野獣のようにベットで激しく愛し会っていた二人が、お互いを憎み
しだいに体まで傷つちけあって行く
……。そんな狂気の中のラブを
歌ったのがあります。
まるで私たちとカブるんです。
私は相手を虐待はしていませんが
病により、あんなに愛し合っていた二人が、破壊されていく様が。
リアーナが気を喪い倒れる所も私と同じ。
その曲PVです。↓
http://www.youtube.com/watch?v=tg00YEETFzg&ob=av2e" target='_blank'>http://www.youtube.com/watch?v=tg00YEETFzg&ob=av2e
おすすめ = ブラウザ
まるで私たちとカブるんです。
・・・長いので流し読みしてください(汗汗)
この病気になると、周りに見放されるのが一番恐ろしいことです。
Rudeさんのように、「切ないね」と思いやってくれて、理解しようと努めてくれる方がいるのは当事者にとって大きい救いです。
躁うつ病であるという現実に直面するのは、当事者にとって一番最初に踏まなければいけないステップでありながら、一番踏むのが難しいステップでもあります。
旦那さんは、今まったく誰とも話せないような、孤立した状態なのでしょうか。もしも、一人でもコミュニケーションを続けている、信頼できる相手がいるのであれば(友人、職場の人、親戚など)その方に受診について説得してもらうのを、お願いするのがいいかもしれません。
家族よりも、ある一定距離を置いた関係の人の方が、話を聞き入れやすいかもしれません。
ただ、今旦那さんの躁状態が強ければ強いほど、説得に応じない可能性がそれほど大きくなります。必ず躁の時期は過ぎるので、説得は控えめにして様子を見ているのがいいかもしれません。
私の第一歩は、自分が自分の病気を自覚し、理解すること。そして、周りの人にも自分の病気を理解してもらうことでした。要は、サポートシステムを作ることです。
しかしサポートシステム=家族、というのはなかなか難しい面があります。
距離感が近いと、甘えなのでしょうか、建設的な提案へも強い拒否感を持ってしまったり、症状もひどく出てしまいます。
家族も本人と同様、病気の存在を認めたくないという気持ちが強く、当事者が孤立してしまうという場合もあります。
集いの中であれば「一人じゃないんだ」と思える。私にとって一番大きい一歩でした。
当事者団体、家族会、就労支援センター、他サポートシステムになる場は色々あると思います。
とにかく、RudeさんにもRudeさんの旦那さんにも一番にお願いしたいのが、一人で悩まないことです。
・・・と言っても、本人がステップを踏む意思をもてないのは、困りますね(^^;)旦那さんが少しでも、誰かと話す気持ちになれればいいのですが。
「病により、あんなに愛し合っていた二人が、破壊されていく様が。」→
「we found love in a hopeless place」(絶望的な場所で二人は愛を育んでしまった)
確かにこの歌詞に、Rudeさんの心境が感じられる気がします。
実は私の彼も躁うつ病なのですが、症状がぶつかり合って、ヒステリックな、もう殺し合いのようなけんかをしたりします。(ほんとの殺し合いじゃありません苦笑)
その時はもう、「こんないかれた関係は、hopelessだぁ!」と思ってしまいます。
でも、狂気的とはいえ、一般の人が経験しないような精神世界を二人で分かち合っているとも言えます。
それに、裏を返せばRudeさんのおっしゃる通り、素晴らしい愛情と情熱があります。これも一般の人が経験する数倍の激しさと美しさがあると思います。
感情豊かになる病気が関わっているからと、二人だけが知っている世界だから、そんな強烈な感じの愛になるんだと思います。
Rudeさんと私の状況は異なりますし、単純に比較するのは無責任ですが、
私は愛と憎しみは紙一重だと思っています。完璧に愛し合い、信頼し合っているからこそ、憎しみも含めて、様々な強い感情をおたがいにぶつけ合うことができるのかもしれません。
旦那さんの躁の時期が引いて、またRudeさんと落ち着いてお話しできることを願っています。こんな苦境と困難を二人で乗り越えられれば、それは本物の愛情に他ならないと思います(*^^*)
またえらそうなことを長々と書いてしまいました。流し読みしてください。ではでは(・v・)ノ
‐りさ
操うつカップルって解り合えうらやましいです。
二人が操状態だと大変だと思いますが、
同病だと二人にしかわからない世界がある。
とても素敵ですばらいですね(>_<)
私たちは心から愛し合っていました。
旦那が離婚する!と言いだした
たった2週間前。
二人のマイホームを買うと、審査まで出していて
今日、その資料をみつけました(T_T)
『楽しい我が家マイホーム計画』
なんだか涙が止まりません。
そのときは子作りもしていて
二人は愛に溢れていました。そのころ
二人でとった写真を引き伸ばし、額に
入れ、私をかわいいとルンルンでかざっている旦那。
目に焼き付いています。(ToT)
弁護士になる!と、六法全書をすべてずらーっと買ってきたり
フェイスブック作った人みたいに俺もまだ他になんか
誰もやってない事やったらRude !俺たち億万長者だよ!
起業するといいだし、実際動いていました。
ところが、急に飲み会が増え、帰りがあまりに
遅いので、いつもどうり、お叱りでんわを一本。
ごめんねー帰る!がいつも。
しかし、 今…上野? と変な感じで
喧嘩に。いつも翌日誤りまくってくる彼が
イライラしてました。(゜ロ゜)
私は13年で初めて4日 無視!
そろそろ仲直りすっか、と話たら………
俺、お前と離婚する。
みたことない大泣きがはじまり、自分は我慢してた。
俺はお前に嘘をつく。
頭の中でピーンとはってた糸が、パチンときれた音がした。
10年前の二人のイヤな思い出が、忘れたと
思ったのにラップしてしまった。
そしてあっという間にぶちギレがはじまり
俺の財布のクレジットカードみたな!!
110番してお前の指紋とって捕まえる!
や、
暴言が始まり、浮気もしない人が、
私がしるだけで三人。
リビンクのTV前はAVだらけ。
自分のコンプレックスを話始め、
40分怒鳴りました。
私は恐怖で耳がきこえなくなったり…
急にふつうの日もありました。
一緒にビデオみたり。
公園におさんぽ。
しかし、イライラは止まらずでした。
俺は愛より金なんだ!
お前は愛だろ?
…(T-T)そうだよ。って怖くて言えなかった。
家にポルシェの新車会の招待がバンバンきたり
高級ホテルの予約がネットの履歴にあったり
うつで赤ちゃんをみるとわんわん泣き出す私に
気付いて、
お前、今こうゆうの見るの辛いみたいだな
ほら、友達の子産まれたってさ
の顔に近寄り、写真を顔に近づけて見させました
私はショックでバタン倒れました。
激しくケイレンしてしま
も私に恐ろしい事に
怒鳴り始めました。
そして二人の貯金も全部持ち逃げし
別居していきました。
行ってきまーす。と。
旦那は今、一人暮らしです。
みんなにいろいろ言われルみたいたいだけど 無視。また、私がうそをついているといっています、
今は300万借りたようです。
私は感情障害同士の愛情について書いた時、実はRudeさんたちの関係とも重ねて考えていたのですが、安易で無責任な比較だったかもしれません。
失礼なことをお聞きしますが、Rudeさんは旦那さんの躁状態からのストレスで、鬱状態になられたのでしょうか。
私も彼のヒステリ状態でうつに度々なりました。でも、私たちは同病者なので、彼も同様私のヒステリでうつになるという点では、Rudeさんたちの関係とは異なるかもしれません。
だけど、Rudeさんたちもかなりの苦境を共に乗り越えよとしているという点では、私たちと変わりないと思います。強い愛ががないと耐えられない苦境だと思います。今でもそうゆう「殺し合い」のけんかあると、私もそう感じます。
旦那さんの躁体験の例をいくつか読むと、旦那さんの躁状態はかなり重いもののようです。Rudeさんも旦那さんもさぞおつらいと想像します。
しかし、別居する理由が「Rudeさんに迷惑をかけたくないから」という風にも捉えられて、自分が躁状態の時にRudeさんに言ってしまう事、してしまうことに後悔と申し訳なさも強く感じているとも思ってしまいます。それも、病気でずれてしまった愛の形なのかもしれない、と思ってしまいます。
Rudeさんは家族のみならず、うつ病を抱えているので、一方的に旦那さんを支えるというのは体調的にとても負担だと想像します。
二人の病態を考慮しながら、どう関係と生活を安定化していけるか、やはりまず専門家に相談することが第一だと思います。まずRudeさん一人ででも、カウンセラーや精神科医に受診することは可能でしょうか。
それまでの間は、あまりお役に立てないかもしれませんが関東ウエーブ(ほかRudeさんに合うサポートグループ)などが少しでも心の拠り所になれればと思います。
関東ウエーブとは別の会ですが、
躁うつ病の家族の会というのがあります。↓
http://hanano.chips.jp/souutubyou/" target='_blank'>http://hanano.chips.jp/souutubyou/
そのサイトの掲示板は7月現在まで書き込みがあり、活動しているようです↓
http://www.bigcosmic.com/board/f/board.cgi?id=hana7731" target='_blank'>http://www.bigcosmic.com/board/f/board.cgi?id=hana7731
おつらいでしょうけど、過ぎない躁状態はありません。
とにかく、じっと耐えるにも、悩むにも、あまり一人で抱えこまないようにお願いしたいです(>−<)
今後とも関東ウエーブをよろしくですm(>−<)m
‐りさ
私は国立の精神病院で治療と、認知行動療法を毎週うけています(^_^)
りささんのおっしゃる通り、
私は旦那の急な暴言などの虐待で
うつ状態が始まり、耐えて
状態が悪化し、
水も飲めないボロボロの中、旦那がすべて通帳なども
もって逃げてしまった、
全体のストレスです。治らず、症状に今も苦しんでいるため、治療しています。
『彼、100人中100人の精神科医が聞いても全員、旦那さん躁鬱病1型って言うねー!そのうち、うつになるよ。』と聞いておりましたが、
旦那のハイは、8月からだったので、そろそろ一年近く立つので……
先生が、
裏でちょこちょこ落ちてる
まれにいる、『操病』かもね(・・;)))
など、言っております(ToT)(ToT)(ToT)
また、今までの13年間の自分は本当の自分では
なかった!お前を愛した、だと思う。
俺はお前を傷つける、だからいないほうがいだ
ろ!って、怒鳴ってました。
どうゆう心理なのでしょうか。
入院や治療を受けたら、正気に戻るものですか?(T-T)
初めまして、りさと言います。
この病気は、経験している当事者はもちろん、それに対応するご家族にとってもものすごいストレスだと思います。
実際私も病状が長く続いた時、私の病気にどう対応していいか分からず、母もうつになってしまったことがあります。
私は比較的病歴が短い方ですが(8年)私が知る範囲に、Rudeさんにアドバイスできればと思います。
私の経験に基づいたアドバイスなので、Rudeさんの状況には合わないかもしれません。そうであればごめんなさい。
まず最初に理解していただきたいのは、当事者は調子が悪い時に家族に怒ったり責めたてるようなことをしますが、必ずと言っていいほどそれは家族に対しての怒りや嫌悪感ではないと思います。この病気になると周りの人には伝えられない、理解してもらえない症状で苦しむので、病気への怒りと嫌悪感を唯一甘えられる(ありのままをさらけだせる)家族にぶつけるんだとと思います。だから怒りというより甘えなんだと思います。
もう一つRudeさんに理解してほしいのが、当事者はそうゆう「ヒステリ」で自分の苦しみを家族に発散せざるを得ないということに関して、ひどい罪悪感と申し訳なさを常に感じているということです。調子が悪い時は、自分の言動に関して謝られるほどの心の余裕をもてません。私は調子が良くなると、「調子が悪かった時に迷惑かけた人々にまず謝ろう」という気持ちでいっぱいになります。
ごめんなさい、前置きが長くなりました(^^;)
旦那さんは既に主治医にかかって、躁うつ病と診断されているのでしょうか?
そうでなければ、メンタルクリニックで一度受診させるのが第一のステップだと思います。
あと、旦那さんは自分が躁うつ病だという自覚をもたれていますか?自分は病気なんだ、とまず認めること。そして、躁とうつの波と、それに伴う言動の変化を自分で意識できているかいないかでは、治療の進み具合に大きい違いが出ると思います。
なんだかえらそうに色々書いてしまって、ごめんなさい(^^;)
最後に、これは私の主観的な解釈になってしまいますが
「自分は本当の自分ではなかった」私は、躁うつ病と診断された時に、「今ままでの混乱の元がやっと解明された!」と感じました。その時に、上の引用文と同じ発言をしました。もちろん旦那さんと同じ意味合いでとはかぎらないと思います。
「お前を傷つける、だからいないほうがいい」これは痛いほど共感できる発言です。躁うつ病の人は、自分の症状が周りにどれほど迷惑をかけているかということに対してひどい罪悪感を抱く傾向があると思います。これもまた身勝手な解釈になってしまいますが、相手を思いやれば思いやるほど、その相手に迷惑をかけたくなく、できるだけ自分をその人から遠ざけなければいけないと感じる。少なくとも私がよく感じることです。
本当に長くなってしまいました。
お医者さんや同病者、できたら他の当事者のご家族の方々と相談されて、RudeさんとRudeさんの旦那さんが症状の安定を目指していければと思います。
また何かあれば、掲示板に書いていただければと思います。実は私は今ちょっと調子が不安定なので、レスも遅れてしまうかもしれません。そうだったらごめんなさい。
では(^^)
‐りさ
旦那がおそらく操状態で、勝手に別居してしまいました。
私は急に言葉の虐待を受けてしまい、
うつ状態と診断されました。
旦那は、今は離婚する!と騒いでいるのですが、
入院や治療を受けたら、この感情は元に戻るものですか?
みなさん、こんにちは。
希死念慮についてのご相談があったので私も書いてみようと思いました。
私も希死念慮がけっこうあって、ある意味「なれっこ」になっているのですが、1年に1回ぐらい強い「自殺衝動」になやまされています。
今の状態は、「躁に向かってる混合」なのですが、発狂しそうな自殺衝動がありました。
家人が誰もいないときに「ドン」と突き上げてきました。
発作的に首つりをしそうな。。。高層マンションに住んでいたら、多分、飛び降りていたと思います。
ODでは、死ねないから、ODはしない、確実に逝く。。。それで頭が一杯で、反面、自殺だけはダメという理性も少しは残っていて、なんとかやりすごしました。。。でも怖かった。
電車に飛び込もうとしたり、酒と眠剤で呼吸停止寸前。。。今まで何度もこんな事をしています。
「病気に殺される」そんな感じです。
みなさんも、こんなことありませんか?
今日、主治医との面談です。
また、入院だったらイヤだなぁ
僕も先日、運転中に、気が遠くなるような不安感に襲われ、発狂しそうになったので、財布の中に、常に入れているランドセン(リボトリール)を飲んで、しのぎました。
ランドセンは、抗不安薬では最強の強さで、発狂しそうな不安感に、それなりに効くと思います。
ランドセンは半減期が27時間と比較的長いので、習慣性、依存性はつきにくいです。デパスのような、半減期の短いほうが、習慣性、依存性がつきやすいです。
僕は、ランドセンを、基本的、1日、0.5r、1錠を頓服で飲んでいます。
ランドセンは強力なので、耐性はつきやすいと思うので、できるだけ少量にしています。
お久しぶりです。
みっしでございます。
最近目が覚める前から希死念慮酷くて
重い体をやっと持ち上げました。
目覚め最悪です・・・
dangoさん、曰くの
まさに「病気に殺される」って感じです。
ずっ〜とまじめに服用していたのに数ヶ月前
まさかの躁転があり、すんごいショックでした。
それ以前まで、
本人、軽ウツだけど、これでこのままいけば
寛解〜?!。なんてお気楽に思ってましたから。
全然なんにも治ってないじゃん?!・・・・(涙)
病気も人生も七転び八起きですよね。
みなさんと自分に、ドンマイです。
レス遅くなってすみません。
6月16日の診察で「混合状態、および日ごとのラピットサイクルの診断で、自殺企図の危険が高い」と言われ、そのまま閉鎖病棟に保護入院となっていました。
死なない様に閉じ込めるって・・・思いもありますね???
今日は、初めての外泊です。
躁だと思っていたのが、大きなカンチガイだったわけで・・・自分で自分が分かりません。
とにかく、今年は3月からずっと入院しているみたいです・・・やれやれ・・・
dangoさんの、この、自殺衝動の、書き込みを見てから、
レスを、つけたかったのですが、
6月頭から、うつになり、掲示板への書き込みがしんどくて、
書けませんでした。
今日は、書き込みができそうなので、やっとかけます。
わたしも、自殺衝動の激しいものが、2回激躁の時にあります。
どちらも、その後入院しています。
希死念慮があった時期も、ありますが、
希死念慮の時は、毎日死ぬことを考え、どうやって死ぬか死ぬ方法を考えたりしていて、うつ状態のときに起こっていた気がするのですが。
自殺衝動は、死にたいと考えると言うよりも、自殺しようとする衝動で突っ走るような感じで、
1度は、実家のマンションの5階から飛び降りそうでしたし、(5階だと、死ねない可能性も高いのですが)
赤信号に飛び込んでいって、車に引かれようとしたり、
電車にも飛び込みたい衝動がめちゃくちゃ強くなるので、
本当は、死にたくないのに、死のうと突っ走る自分が恐ろしかったです。
根底に、本当は死にたくない、という部分があったので、
今、生きているのだと思いますが。
幸い、私の場合リーマスが効くらしく。希死念慮は持たなくなりましたが、躁の、高い状態は周期的に来るので、
また、いつ自殺衝動が起こるとも限らない、と、びくびくしています。
死にたくないのに、死ぬのは嫌ですからね。
毎日毎日、自分に「生きる」「生きる」と、言い聞かせ、
自己暗示をかけるようにしています。
どれぐらい効果があるか、わかりませんが。
dangoさんも、苦しいと、思いますが、
はやく、少しでも、らくな状態がきてくれれば、いいなあと思います。
お返事が遅れたのは、「雑談」の方にも書いたようにPCを立ち上げるのが面倒くさいくらい混合が酷くて希死念慮の方は、もう一生一緒にいるしかないかなって言うくらいで、主治医も「死にたいとか、死にかた」を考えるのはいいって言うくらい。
ただ衝動性が出たら、すぐ病院に来てください。。。そんな感じなんです。
我が家は、旦那も障害者なので、現実には死ぬ事は出来ないのですが、心のどこかで、いつも「ちゃぶ台返し」したいんです。
さっきも、些細なことで旦那と口論してしまって、本当は泣きたいのに気分安定薬のお陰で口論じたいも大声で怒鳴りあう事は出来ないし、涙の一粒出て来ません。
何も変わらないどころか、これでは「人形」では、ありませんか。
私は、ふなふなさんよりずっと年上で、だからといって、人生経験が豊富というつもりはありません。
それどころか「生きる」ということに、ますます迷ってしまっているようです。
今は少し楽ですが、希死念慮にとらわれて苦しいです。
いつもとらわれているわけでなく、一日の空虚な時間に
念仏のように「死のう」「死ぬ」「死にたい」などと
心の中で呟いてます。
皆さんの中で、この希死念慮をかわす方法があったら
教えてください。
よろしくお願いします。
こんにちは。管理人のりさです。
希死念慮をかわす方法ですが、難しいところですね。自分が経験したころを思い返すと「じっと耐えるしかなかった」のような、あまり建設的でないことしかすぐには思い出せなかったのですが(汗)
もう少し考えてみると、あまり孤立しないことかな、と思えてきました。あまり自分の頭の中にこもってしまうと、ネガティブな考えが膨れあがちゃって、それに必要以上に囚われてしまう気がします。
できたら、できるだけ人と交流すること、な気がします。
まあ、それもうつだとかなり困難なことなんですけどね(汗)
人と交流できない時私がよくやったのが、人のブログ読んだり、ユーチューブ聞いたり、掲示板をロムしたりしたことです。自分の考えや気持ちに囚われないように、ほかの人の考えや気持ちを取り入れる、という感じで。その人が明るいこと言ってても、ちょっと暗めなこと言ってても、他者と何らかの接点を持てていると感じられるのが、なぜか絶望感から自分を遠ざけました。
今私頭回ってないんで、ベストなアドバイスになったかどうかわかりませんが(汗)もうちょっと具体的な例とか、サイトとかあればいいのに(^^;)
とにかく、ともひろさんがつらい時期をできるだけ早く乗り越えられることを願っています。
‐りさ
さっそくの丁寧なレス、ありがとうございます。
プリントアウトして、見ながら返信してます。
「じっと耐えるしかなかった」というのは、鬱のしのぎ方ですね。
あまり孤立しないというのは、私も思いますが、
今、私が置かれた状況では、孤立が避けにくいです。
孤立するとネガティブな考えが膨れ上がるというのはその通りで、背中の肩甲骨の間がとても重苦しくなります。
鍼、指圧に行っても重苦しさは一時的に取れますが、
3日もすれば、苦しくなります。
人と交流は(会話は)効果的な方法だと思いますが
今は、難しいです。
自分の考えや気持ちに囚われないように、ほかの人の
考えや気持ちを取り入れるという感じというのは
やってみたいと思います。
現にこうやって「りさ」さんにレスを返している最中は
充実感があるというか、希死念慮から、遠い状態にあるように思います。
りささん、ありがとうございました。
孤独じゃないという気がしました。
なんちゃって副幹事のだいです。
相談は、『希死念慮のかわし方』とのこと。
自分も、双極性障害の病識がなかった当初ありました。
さて、空虚な時間にでてくるそうなので、理屈ではその空虚な時間がなければ出にくい、かわしやすいと思います。
ただ、現状では、孤立が避けがたいとのこと。
そこで、一人でも出来ることを考えてみました。
1.これは病気がさせていると思う
健康ならば思う訳がないので、これは病気がその思いをさせている。⇒病気だから治療を継続しなければ⇒通院する
⇒医師に相談⇒処方薬を服用する
2.その思いを小説や絵やオブジェなどにしてみる
思いを表現して、自分を苦しみから解放してみる
3.「オノマトペ」を活用してみる
自分の気持ちを、擬声語や擬態語にしてみて、徐々に気が
軽くなるような言葉にしてみる。
例;ドーン、ズーン、わーん⇒ふあー、ぽんぽん、あー⇒ぽんぽんぽ〜ん、ほいほい・・・
気が上向きになってきたら、間の抜けた歌でも口ずさんでみる。植木等の「スーダラ節」や、ドリフターズの「いい湯だな」など。
この「オノマトペ」の手法は、テレビ番組のほんまでっかTVで紹介されていたものです。自分は、これまで無意識に時々していました。
4.銭湯に入浴してぼけ〜と、してみる
何回か入浴するうちに、リラっクスして、ほのぼのした気分に自分は過去なりました。
5.自律訓練法をとりいれてみる
6.趣味に打ち込む、熱中してみる
7.音楽療法
ネット検索で、『薬奏』で試聴して気に入ったので
CD購入して時々聴いてます。
8.アロマ
いわゆるお香です。自分は、ココナッツの香りが気に入ってるので、時々焚いてます。
このような事を種々してきた為か、お陰様で、この10年以上は、私は思ったことがありません。
お辛い気持ちの度合いは、正直ともひろさんしか分からないかもしれませんが、一日でも早く快復することを祈ってます。
お大事に。
「薬奏」は下記サイトにて試聴・購買しました。
http://www.genic-net.com/index.html" target='_blank'>http://www.genic-net.com/index.html
紹介まで。
長いレスありがとうございます。
今は、希死念慮から解放されてますので、レスの一つずつに
返事させてもらいます。
空虚な時間をなくすというのは、今は、一日中、半分自由時間なので、時間を持て余しているというのが現状なので、難しいです。
1、病気がさせていると思うというのは、そう自分でも思います。週1で通院していますが、医者にはなぜか希死念慮のことは言えず、ちょっと沈んでいるときがありますと言うだけです。これは、私の対応が誤っていますね。
2、小説や絵やオブジェにして苦しみから解放させてみるというのは、私が、それをすることは、さらに苦になりそうなので
やめときます。
3、「オノマトペ」の方法は、車の運転をしながら、
車中でやっていることに似てます。「なんやねんそれ!」
「なんでやねん!」とか大声で言いながら運転してます。
言える時と言えない時があって言える時にはずいぶん、
すっきりします(なぜか、関西弁)
4、銭湯に入浴もいいなと思います。
自宅では、風呂に入ることはできませんが、温泉なら
今は、行けそうです。
明日さっそく行ってみます。
5、自律訓練法
これから勉強してみます。
6、趣味がいまありません(>_<)
7、『薬奏』・・・・・・・・・明日、ゆっくりと聞いてみます。
8、アロマ、未開拓な分野ですが、機会があれば試してみたいと思います。
たくさん、アドバイス、ありがとうございました。
今日、ゆっくり寝れそうです。
追伸
りささんが書いていた、考え方が参考にできる躁鬱の?人のブログやロムできる掲示板があれば、教えてください。
お願いします。
ゆっくり寝れそうとのこと、良かったです。
さて、
適切なブログかどうかわかりませんが、下記はどうでしょうか。
http://mental.blogmura.com/souutsu/" target='_blank'>http://mental.blogmura.com/souutsu/
当HPの「徒然ブログ」の「躁うつ病」アイコン(右側)を押下するとでてきます。
(毎日1回押下して頂けると、「徒然ブログ」のランクが上がる仕組みです、よろしく願います)
いろいろな方のブログが閲覧できるかと思います。
ご参考まで。
幸いなことに、私の今の希死念慮は、眠っている間は
起きないし、寝れるので不眠で苦しむということも
ありません。
ただ、寝逃げとして、眠剤を8時に飲んで寝てしまいます。
りささんもだいさんも、希死念慮を経験したとのこと。
私も、いつか、そう言えるように、
お二人に教えてもらった方法+αで、乗り切れたらなあ
って思います。
はじめまして。
この前はチャットに参加させていただきまして、
みなさまありがとうございました<(_ _`*)>
躁を出来るだけコントロールしようと努力したつもりですが、
迷惑をかけていましたら、ごめんなさい。
今日は、みなさまにお伺いしたいことがあって、トピックを立てさせてもらいました。
私は、今の心療内科に6年以上通っていて、ずっと同じカウンセラーに診てもらっています。
最初は本当に抑うつがひどい状態で、(また、時に躁状態で手のつけられない子供のようで)そんな私を、ヘレンケラーのサリバン先生のように根気強く診ていただきました。
近々、先生が他の病院に移ることになり、転院すべきか悩んでいます。
正直、まだ躁うつの感情コントロールが上手にいっていない部分も多く、もっと学びたいという気持ちが強いです。
ただ・・・カウンセラーの先生に依存しているような気がして、本当についていっていいのかな?と思うのです。
先生が好きで離れたくないというか・・・。
でも「いつかはカウンセリングという治療は終えなければならない」、というのはよくよく聞いて理解しているし、ずっと診てもらうことは不可能だと分かってるんですが、、
カウンセラーにこの気持ちも伝えて、転院すべきか考えた方がいいんでしょうか?
もしこの感情を伝えたら、「依存はよくないから、カウンセリングは終了しましょう」とばっさり切られるような気もして、悩んでいます。。
私は専門的知識がとても乏しい人間なので、とても個人的な意見になってしまいますが、
この病気になると、信頼して悩みの相談などをできる人が限られてきて、私も一時期、病気について定期的に話すのは医者とカウンスラーのみ、という状態が続いていました。これは、同病者であれば共感できる経験だと感じます。
とてもパーソナルなお話しもするし、理解を得にくい症状もあるので、それを理解し丁寧に話を聞いてくれるお医者さんやカウンセラーに出会ったら、それはすごい頼りにしちゃうし、つよい表現を使えば「依存的」な気持ちも抱くのも自然だなあ、と思います。
臨床心理学の専門用語で「転移」というものがあります。またまた個人的意見になりますが、ゆめさんの心境は、この言葉に当てはまる面があるかな、と予想します。もちろん病気としての転移、ってわけではなく、意味合いとして共通する面があるかと:
http://w-heart.net/justy/seven/01/" target='_blank'>http://w-heart.net/justy/seven/01/
■転移
<transference>
カウンセリングや心理療法をしていく中で、クライアントが無意識にカウンセラー・治療者に対して、親など過去に出会った人物に対して抱いたものと同様の感情や態度を示すときがある。
これを転移といい、陽性と陰性に分かれる。陽性転移の場合は信頼、感謝、尊敬、情愛などで、陰性転移の場合は敵意、不信、恨み、攻撃性などの感情である。
治療者は、これらの感情を分析することでクライアントの心の中核に迫っていき、治療に活かすことができる。
クライアントが自分の依存や不安に気づき、こうした転移を乗り越えたとき、治療者との信頼が深まりカウンセリングもスムーズに進む。
クライアントの転移感情は複雑で、甘えと恨みが裏表になっていたり、恋愛感情のあとに攻撃性を示したりなど、両方が現れ、陽性でも陰性でも、そうした感情が強く表れると、反対に治療者が巻き込まれてしまうことがある。
治療過程で、反対に治療者の側がクライアントに特殊な感情(恋愛感情など)を持つようになることを逆転移という。
-----------------------------------------------------------
「治療者は、これらの感情を分析することでクライアントの心の中核に迫っていき、治療に活かすことができる。 」
と書かれているところから見ると、カウンセラーに個人的な感情を抱くことにより、自分の内面をよりよく理解していただく機会となり、治療の中でメリットになることもあるのではないか、と感じます。
でも、逆にこのような意見もネットで見つけました:
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1125574396" target='_blank'>http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1125574396
しかし、このサイトでのやりとりは、主に「逆転転移」に着目しているものですし、なんだか内容も極端で。転移ってケースバイケースの問題ですし。
結果的に私の意見としては、厳密にビジネス的な関係よりちょっと個人的な感情を見せるのは、治療自体にメリットがあると自覚してそれを有効活用できるから完全否定しなくていい。でも、その感情が一線を越えないようコントロールしてなきゃいけないし、それができればカウンセラーさんを変える必要はないんじゃないか?という感じです。でも、病院自体変えなきゃいけないとなると、それは別問題として大変そうで、悩むところですね(汗)
ゆめさんは、いいお医者さんに恵まれていいなあ。私の主治医・カウンセラーは逆にちょっと他人行儀すぎて、もちょっとふみ込んで話してくれる人を捜し中です(^^;)
チャット、楽しかったです、またお話しできるといいです。ではでは。
-りさ
お返事ありがとうございます。
チャットの時も楽しい会話をありがとうございました^^
なるほど、転移というのですね。
専門的なことをよく知らなかったので、とても勉強になりました。色々と調べてくださって感謝しています。
気づきになったし、自分の気持ちにも整理がつきそうです。
りささんのいうとおり、個人的な感情があるからこその、治療の進みやすさというのも体験しているように思います。
カウンセラーに「成長したね」と褒めてもらいたくて、治療を頑張っているようなところもあるからです。
でもいつか、カウンセリングが必要なくなるくらい、自立しないといけないですね。
それが一番の恩返しだし、カウンセラーが最も望んでいることだと思うので。
ただ、それでも・・
「こんなにゆめさんが成長したんだと思うと嬉しくって。。泣いてしまったでしょうが」とカウンセラーが涙を流してくれたことだけは、ずっと忘れないでいようと思います。
お世話になった感謝と好意はこっそり胸に持ち続けたいと思います。
転院については、もうちょっと考えますね。
色々と教えてくださってどうもありがとうございました。
りささんにも、素敵なお医者さんとの出会いがありますように、心から願っていますね。
上の記事を読むと、ゆめさんはカウンセラーさんとの関係をとっても客観視できていると感じますし、厳密に「転移」なんて言い方は大げさだったかな、と今は思います。
カウンセラーさんと、本質的なところで思いやりをし合えて、それに加えてゆめさんはその深いおもいやりが極端にならないよう、コントロールし、客観視されているようで、
とてもバランスがとれている、治療上良い関係だな、と感じます。うらやましい限りです(笑)
「カウンセリングがなくなるくらい、自立しないといけない」それが一番の目標ですよね!でもその目標に達するまで、孤立して一人でうんうん悩むか、心を許せる人(あるいは人々)とともにその道を歩むか、大きな違いだと思います。
想像だけで色々言っちゃってエラそうですが(^^;)ゆめさんはとってもいい出会いをしたんじゃないかなあと感じます。それは私が言うまでもなく、ゆめさんが一番実感していることだと思いますが。
チャットでもそうでしたが、私のおたおたとした長文に丁寧に返事していただいて、ありがとうございます。
私のことも「心から願って」いただいて、ほんとありがたいです。実は、「ふん!カウンセラーなんて、主治医なんて、どうせ私のことなんてどうでもいいんだから、仕事以上に思いやりなんてないんだから」ってふてくされてきた私なので、なんだか新しい可能性に目が開いた気がします(^^)
とにかく、とても孤立しやすい反面、人並み以上に他人の思いやりと理解を必要とするのが躁鬱病者だと感じますので、「出会いと人間関係が一番の薬だな」と再確認できました。私にとって、それを今一番提供してくれているのは同病者だと思います。
では、では!
‐りさ
皆さま、初めまして。みなみと申します。
2週間前に、「双極性障害」であることを診断され、
今まだ、その事実がなかなか受け止められず、
受け入れては、希望が見えず絶望したりと、苦しい日々を送っています。
長年鬱に悩んでいて、主治医からは気分循環型障害とはやんわりと言われていたのですが、自分では、あがっている時の自分が本来の姿だと思い、認めていませんでした。
でもちょうど1年前に、たまたま受けた催眠療法が引き金となったのかひどく躁転。 躁鬱に関しての知識がまったくなかったので、絶好調!やっと本来の自分になった!と思うぐらいで、逆に、だんだん鬱に傾いたのが悔しくてなりませんでした。 しばらくたっても、「あれは何だったんだろう」と、スピリチュアルな世界などで覚醒体験として探してもいましたが、
たまたまネットで目にした躁鬱の文字に、まさか。と愕然としました。
しばらくは、自分でも認めたくなかったのですが、
うつの治療で、ありのままを愛していこうというトレーニングをはじめだしたら、「やっぱり本来の自分はそうなのかも」と皮肉にも認める気持ちが出てきて、「せっかくなら、ちゃんと合った治療をした方が治るのも早いかも。」と前向きに考えて、改めて主治医に確認したところ、「双極性障害」ということでした。
自分では受け入れて、主治医に聞いたつもりです。
でも、
実際主治医から、その言葉がでた後は、すごくショックで・・・・。
このその衝撃に、落ち込み、泣き続けています。
ショックを受けているということが、もし同病の皆様に失礼だったら申し訳ありません。 でも、もし同じような経験をして、それを乗り越えた方がいらっしゃったら、アドバイスいただきたいのです。
どうやったら受け入れられますか?
それとも完全には受け入れられなくてもいいのでしょうか?
やっぱり時間はかかるものでしょうか?
大変遅れたレスで申し訳ありません。
そうですね。診断後2週間というと、みなさん、やはり、それを認めるのが難しくて、苦しまれる方が多いようですね。多分それには、多少の時間がかかることなんだと思います。
私の場合は16才(推定)発病で、診断されたのは50才くらいだったので、ずいぶんめちゃくちゃな体験をしてきた後で、自分の人生の謎が解けたと逆に腑に落ちた気がしました。
だから、みなみさんの苦しさを本当には理解できていないのかも知れません。それに、確かに躁の時の自分というのは、今までになかったような自分の力を発揮することもあったり、世の中が本当にきらめくように変わって見えたり、「すばらしい」期間でもあるのですから、全否定する気にはなれませんし、その必要もないと思います。
ただ、うつはやはり苦しくて、躁の時にあまりひどくなると、うつがその分ひどくなるので、それだけは避けたいですね。そういう意味では、躁うつ病の治療をきちんと受けるのは重要だと思います。
私が躁うつ病であって良かったと思うのは、躁うつ病でなければ分からなかったと思う、人間関係の機微が分かるようになったこと、そして、すばらしい躁うつ病の仲間に会えたことです。
お幾つかは分かりませんが、多分私よりも随分若く診断されたことは、私から見ればうらやましくもあります。
いつか、オフ会ででもお会いできたら嬉しいですね。私は躁うつ病のオフ会で随分気持ちが楽になり、多くのことを学んだものですから。
拙い返事でごめんなさい。
管理人のりさと申します。
本当に申し訳ないことなのですが、スパム記事を削除した時に、みなみさんの記事とElder Mopeさんのレス記事を、誤っていったん削除してしまいました。
残されたデータから復元しましたが、文字色と暗証キーを復元することができませんでした。
文字色は私宛にメールを頂ければ変更致します。(私の名前をクリックすれば、メールアドレスが表示されます)また、記事内容を変更されたい時も、メールを頂ければこちらで修正します。
申し訳ありませんが、ご了承下さい。
実は、書き込んで次の日、投稿が消されていたので、
きっといくらツライからと、人の気落ちも考えず、皆さんに失礼なことを書いてしまったのかと、かなり落ち込んでました。
それで、掲示板もみなくなってしまい、返信が遅くなってごめんなさい。
でも、間違いとわかってよかったです。。
(りさ様、文字色などは全然このままで大丈夫ですから。笑)
Elder Mopeさま、温かいコメントありがとうございました。
あれから、だいぶは落ち着いてきましたが、
(あの2週間は本当に安定薬を飲みまくってしまいました。告知前はすごく落ち着いていたのに。。。)
まだ、自分でも何がここまでショックなのか、よくわからないでいます。
>確かに躁の時の自分というのは、今までになかったような自分の力を発揮することもあったり、世の中が本当にきらめくように変わって見えたり、「すばらしい」期間でもあるのですから、全否定する気にはなれませんし、その必要もないと思います。
そうなんだですよね。。。。
うつだと思っていたとき、うつの自分が情けなくて嫌いで、、、、
今度は、元気だったときの自分も、病気だっったのかと思うと、
もう、自分ってなんだったのか、わからず、、
深く落ち込んでしまいました。。。。
でも、Elder Mopeさんのおっしゃるとおり、全否定しなくてもいいのですよね。
なかなか難しいですが、双極性であるということは認めながらも(治療はしながらも)、でも、自分は自分として歩んでいけたらなと思います。
>私が躁うつ病であって良かったと思うのは、躁うつ病でなければ分からなかったと思う、人間関係の機微が分かるようになったこと、そして、すばらしい躁うつ病の仲間に会えたことです。
そうですね。
過去の掲示板を拝見するだけでも、管理人の皆様を始め、本当に皆様配慮に優れ、またきっとすごく頭のよい方達だなぁと思っています。
これから少しずつでも掲示板などで交流できたらと思っています。
どうぞ皆様よろしくお願いいたします。
それはそれは、本当にごめんなさい(><)
私も最初掲示板に書き込みをした時に、「こんなこと書いていいのかな」と思って何度も削除したいという衝動にかられたりして、それだけでもつらかったです。初投稿のみなみさんのお気持ちも同様にデリケートなものだったはずなのに、無神経なことをしてしまい、心から申し訳ないです。
みなみさんのこの病気をどう受け入れればいいか分からない、ショック、という気持ちは、失礼でもなんでもありませんよ。私も同じ風に感じることがしばしばです。なんせ、慢性病と言われているほどだし、「一生付き合う」というのは直面しにくい現実です。
みなみさんの「ありのまま」や「本来の自分」という表現には、とても共感できるものがあります。
躁うつ病とは「こころ」の病気なので、自分自身の性格や価値観をも変えられてしまうのか、と不安になったりもします。
初めてうつ状態から躁状態になって、またうつになる時確かに一番ショックな体験かもしれないですね。「もう自分じゃないみたい」から「やっと自分を取り戻せた!」ってなって、安心とうれしさでいっぱいなのに、結局、全部ただ病気だったの?って結果で。
私は小さいころから躁鬱気質だったので、「病気」と「自分」を分けて考えるというよりは、病気と言われている側面も実は自分の一部分と考えて、あまり否定しないようにしています。ただ、社会が否定しているだけで(苦笑)
都合の良い考え方かもしれませんが、社会的には病気として理解して許容してもらい、でも心の中では、病気って言っても、本来の自分が極端に引き出された形なんだ、何が悪いーって割り切っていたりします。社会がちょっと変われば、「すばらしい感性」とか、「人並み以上の複雑な感情と世界観」だと、認めてもらってもいいんじゃないか、って(笑)
実際、この病気を担ってなければ理解できなかった感情や思想、人々などがいて、それにはありがたく感じているくらいです。ただ、やっぱり社会的になかなか機能しにくい、というのは本当に受け入れがたい時もあります。
みなみさんも、同病者との交流などを経て、自分なりにこの病気と付き合える形を見出せるといいですね。私もそれをせっせか目指しています(^^;)
‐りさ
温かいコメントありがとうございました!
この場では新参ものですが、りささんの書かれていること、強く共感してしまいました。
>都合の良い考え方かもしれませんが、社会的には病気として理解して許容してもらい、でも心の中では、病気って言っても、本来の自分が極端に引き出された形なんだ、何が悪いーって割り切っていたりします。
そうなんです。ちょっと極端な考えかも知れませんが、
「病気」と判断するのは何ですか?医者、ひいては西洋医学ですよね。
で、なんで西洋医学で判断したことが「病気」になってしまうかというと、、
よく考えたら、それが「『健康保険』のベースになっているから」という事実だけだと思います。
つまり、気功や整体、カウンセリング、その他のことにも同様に保険が効いたら、、、、逆に、病院に保険が効かなかったら、、、薬だけ出す治療方法にそこまでお金を出すでしょうか? みんな行くでしょうか??
つまり「双極性」というのは西洋医学的な判断であって、
極端な話をすれば、それが宗教的な世界では悟りを得た至高体験などと言われるものではないのかなーとも思ってしまいます。
>社会がちょっと変われば、「すばらしい感性」とか、「人並み以上の複雑な感情と世界観」だと、認めてもらってもいいんじゃないか、って(笑)
確かにそう思います。 おこがましいかも知れませんが、今より昔の方が音楽、絵画、文学、などでも天才と呼ばれる人が多いのは、現代のように、
画一的に標準でなければ「病気」とみなす医療が発達してなかったおかげもあると思います。
(実は、私はアート系の仕事をしていまして、激躁になった時は、それこそイメージもクオリティーもすごく冴えて、「あー、"降りてくる。”」ってこういうことだったんだーって思いました。)
今ほど人口も多くなく人付き合いも複雑でなかった。
勉強だって家庭で教えることも多かったと思うし、
学校があったとしても、ここまで画一的ではなかった。
メールやネットもなく、即レスしなくても気を遣わなくてよかった。
そんな時代だったからこそ、のびのびと、いわば「躁」の時に大きな力を発揮できたのだと思うのです。
今は、ちょっと片付けができなければ、ADHD?? ,
境界人格障害などなど、、、いろいろありすぎて、、、
一体、どんな人間が”健康”なんだろうか。。。と思ったりします。
まぁ、でも結局のところ、反動の激うつがあまりにひどかったので、
今はお薬に頼っていますが、、、笑。
きっと、のどかな昔であったならば、これも個性としてありだったと思います。。(鬱の苦しみには耐えなければいけませんが。その点は、天才たる方たちはすごかったんだなーとは思います。ただ、やはり自死も多いですけどね。)
と、そうは思いながらも、やっぱりそんなことは、戯言で「病」と認めて、治療はしなければいけないのかという葛藤はあります。
ごめんなさい、新参者なのに、アツく語ってしまいました。
でも、りささんなら、わかってもらえそうで、つい心の内を書きました。笑
ご意見伺えたら、嬉しいです。
削除の件は気にしないでくださいね!人間ですからミスも当然。笑。
私は逆に、ミスでよかった〜って、受け入れてもらっただけで嬉しかったですので。
私の極端(?)な考えを理解していただいて、なるほど、同類のアート系の方だったのですね(^^なるほどってなんじゃw)お仕事をされているとは、それだけでうらやましいのに、アート系とは。何か作品とか作られているのですか。私は趣味の範囲ですが、でもアートは大好きです。
クリエイティブな頭で考えてみると、何気なく日常で使っている言葉の定義をもっと柔軟に解釈することができて楽しかったりします。たとえば「こころの病気」と言っても、それを悲観的に捉えること自体とても狭い解釈だと感じます。みなみさんのように「健康保険のベースになっている」と見ると、なんだか「せいしんびょうしゃ〜うわ〜」と主観的に捉えがちなものをもっと冷静に捉えれる気がします。
私にとって「びょうにん」とは「社会から外れた性質の持ち主」というとこでしょうか。みなみさんの文章を読んだあとは「現代社会」の方が適切かなとも考えました。
私もよく、精神病という言葉がなかった大昔の時代には、精神病者はどう見られていたのか、あるいは精神病自体存在したのか、とか考えたりします。アフリカの民族文学をちょっくりと学校で勉強したことがあって、とても印象深かったのが「子供は精が宿る暗い森を抜ける儀式を経て、成人する」って節です。とにかくふつうに森を何日かかけて抜ける儀式なんだそうですが、すごい怖い体験だそうです。自分の精神世界に宿る未知の恐怖に直面し、それに立ち向かい乗り越えることの象徴だそうです。私はそれを応用して、混合状態など乗り切ったことがありますw「森を抜けるんだ、そしたら成長できるんだ」って唱えるだけなんですがw
実際今の社会では社会的な成長ばかり重視されていて、精神的な成長はあまり重視されていない気がします。狂気とは何か、絶望とは何か、愛とは、孤独とは。こうゆう問いを社会の一部として理解しようという取組があるとは思えませんし、現に人は他人とまったく接触せずに孤立し、他人あるいは自分の内面世界はあまり理解せずにでも生活は成り立ちます、なんと!w
元から精神病は存在するのか、あるいは社会が病気を作るのか、にわとりと卵のような問いですが。私は元から人並み以上に内面世界が豊かな人々が、それを受け入れ理解する体制のない社会に生まれ、その内面世界が孤独の中で歪んだカタチになってしまうのではないかと思います。環境がよくなれば、「びょうにん」ではなく「せいじゅくした精神の持ち主」として見られるかも。あの森を抜ける儀式、躁鬱病者だったらかなり上手くできると思うんだよなー(^▽^)
私も長々と語ってしまいました(汗)色々想像するのは楽しいですが、リアルに見れば薬を飲まなければ社会的に機能できないんだし、「躁うつ病である自分」を否定しなくても、社会の定義上「びょうにん」であることは事実ですよね。でもそーゆー微妙な解釈のだんだんを理解してればちょっと気が楽だったりします。
削除のこと、優しいお返事ありがとうございます。今後は気を付けます。
私事ですが、最近調子が悪くて人とやりとりするのが難しかったので、久しぶりに充実した内容でやりとりができて、嬉しいです、ありがとうございます(^^)
ではでは!
‐りさ
>私事ですが、最近調子が悪くて人とやりとりするのが難しかったので、久しぶりに充実した内容でやりとりができて、嬉しいです、ありがとうございます(^^)
こういっていただいて、とっても嬉しいです。
今は体調は大丈夫ですか?
私も、気持ちを話せて、わかってもらえる人がいたというだけで、
こんなにも気持ちが楽になるのかとビックリしています。
(レスを見た後、今朝はすごく気分が楽なんです。笑)
こちらに勇気を出して、書き込んで本当によかった! オフ会にも行けるよう元気になりたい!
細かいお返事は改めますが、やっぱり人間を本当に救うのは、
人とのつながりなんじゃないかなーって改めて思います。
今、現実的な悩みとして、周りに病気のことを言えず、本当に孤独だったので。(あくまで、現代社会での「病気」と思っていても、なかなか話す相手がそこまではわかってくれないでしょうからね。笑)
ふふ、あたたかいお返事、ありがとうございます!(^▽^)
Elder Mopeさんも躁うつ病になってうれしかったことは「すばらしい躁うつ病の仲間に会えたことです」と書かれていますが、私もこれに尽きると思います。
理解してもらわなきゃいけない側面が人並み以上にあるからこそ、それを同じように経験し理解してくれる人がいるって、私もほんとーに感動でした。ずっとひきこもって一人ぼっちだったので、自然体でいられる仲間ができて、大げさでなく心の支えとなっています。
本当に人を救うのは、人とのつながりですよね。ほんとにそうです。
ただ、初カキコのみなみさんに言うのはどうかな、と迷いましたが、躁うつ病者って、人並み以上に理解し合える反面、うつや躁の症状がぶつかり合うこともあって、それですごい対立してしまう時とかもあるんですよね。オフ会とか全然そんなんじゃないし、のほほんと楽しいですが、それ以上にお友達とかになった人とは、たまぁーに(^^;)自分がうつだとうつの人を支える元気がなかったり、躁だと極端な反応をしちゃったり。
「今この流れで言うことではないだろうー」という感じですが、実は私が調子が悪いのも最近同病者とのお友達とそんな気まずいことになってしまって、人とのやりとりがしんどくなっちゃったんです。でも、別に躁鬱病者みんなと絶対そうなる、ってまとめて決めつけることでもないし、
実際そのような対立も乗り越えて、おたがいを許し合えれば、本当にすごい強い絆も築けるはず、と信じています。そう思えるようになって、ちょっとずつ調子が戻ってきています。
なんか本音ぽろぽろな書き込みになってしまって、ごめんなさい(^^;)交流についてみなみさんが引いてしまうかもしれないのに(汗)でもそうゆうつもりはまったくないし、オフ会に私は何回も参加していますが、いつも平穏で心落ち着く場です。不思議なぐらいw
私はちょっとの間書き込みが少ないかもしれませんが、みなみさんと話せて交流の原点を思い出したようで、本当にありがたいです。(なんかすごい経験者みたいなえらそうなw私も交流会など参加してそんな経ってないのですが)私は長文を書くくせがあるのでレスが大変だと思うので、上の書き込みに返事してもしなくても全然OKですよ。
でも、もしよかったらまだ話しましょう!オフ会などがまだ負担であれば、チャットも月に三回ほど行っていますので、参加してみてはどうでしょうか(^^)ではでは。
‐りさ
レスありがとうございます。(お互いスゴイ即レスですね。笑。)
本音の書き込み、ありがとうございました。
そうなんですか、ちょっと落ち込んだりツライ時期でしたね。
私が思うに、「病気だから」というより、皆さんやっぱり人並み以上に、
「繊細」だからなんでしょうね。 だから落ち込みも激しいし、逆に人の優しさや嬉しいことに触れたら、人並み以上に喜んでしまう。
まだ初心者なので、あまり偉そうなことは言えませんが、
そんな気もしました。(自分への慰めも含めてなのですが。笑)
えー、りささんも交流始めてそんなに経ってないなんて!!笑
レスの感じから、大ベテラン?笑の方かと思いました。
ご自身も体調悪い中、役員までやられて素晴らしいですね。
そのおかげで、多くの皆様の力と励み、生きる希望になっていると思います。
はい、オフ会にもぜひ行ってみたいです。(緊張しますが。)
チャット、実は楽しみにしています。
今度の土曜日ですよね〜。
私調子悪くなると文章能力(というかコミュニケーション能力)が低下してしまうので、ちゃんとやりとりできるかなぁ、とひやひやして書き始めたのですが、わりとすらすら文章が出てきて、うれしくって(笑)みなみさんが理解の早いアーチスト思考の人からでしょーか(^▽^)
そうですね、繊細、そうゆう捉え方すると前向きでいいな。おもいっきりぶつかり合えるのも、それほど気を許しあってるともいえるし、前向きに捉えたいですね。みなみさんの言うように、うれしいことを分かち合う時は自分はさらしざらしうれし涙ぼろぼろ、人並み以上にドラマチックでも、それをも受け止めてくれる仲間はいるし。
いえ、とても偉い名文ですぞ。w
関東ウエーブに参加してから、一年半ちょっと立ったでしょうか。Elder Mopeさんなどには全然及びませぬw 運営に関わってからも、その分いっぱい同病者と関わって、短いながらいっぱい学びました(^^)でも、最近ちゃんと出来てないから、ほかのスタッフの方々に甘えてばっかです(汗)
では、チャットでお話しできるといいですね。私も実はチャットもオフ会も、最近ひきこみりモードに戻ってしまっているので、すごい緊張しています(^^;)参加、できるといいな(無責任な(苦笑)
ではまた後程♪
‐りさ